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「強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話」を読んでみた

強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話

ギョッとするほどインパクトがあるこのタイトル。

宝槻泰伸さんが自身の体験をつづった、目からウロコが落ちまくる家庭教育論です。

登場するオヤジというのは著者の実父。

その持論は「学校よりクリエイティブな一日にできるなら、無理に行かなくていい」

一般家庭では到底考えられない教育方針ですが、これを貫き通したのがこの強烈なオヤジです。

この言葉通り、強烈なオヤジの息子三人は高校に通わず、大検を受験して京大に入っています。

長男は自分の意思で高校を中退していますが、次男に対しては

「お前も高校行かなくていいんじゃねえか?
大検取れよ。
グハハ・・・(←ふつう、笑い事ではない^^;)」

一見でたらめに見えるオヤジの教育論ですが、これが息子の知的好奇心に火をつけることに成功し、三人の息子たちを全員京都大学に合格させています。
 
著者の宝槻泰伸(以下、長男)さんのプロフィール

高校退学〜大検取得〜京大進学という特異な経歴を持つ。
大学卒業後すぐに起業し、2年間高校で特別講師として教壇に立つ。
職業訓練校では、主婦やシニアに社会人基礎力を教える講座が好評を得て、20拠点で実施。
また、東京の4つの図書館と連携して高校生が社会人と一緒に仕事について学べる仕組みをつくりつつ、企業研修・教員研修の講師も務める。
これらの経験を踏まえて、“探究型の学び”を子どもに伝えようと故郷・東京都三鷹市で塾を開校。3児の父。

 
 
 
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大検を取って 京大に行け!

宝槻家の長男は進学校である県立高校に進学していました。

「高校は自由な場所なんだろうなあ」という淡い期待を抱きつつ、高校生活をエンジョイするつもりでしたが、ふたを開けてみると真逆な世界に唖然。

進学校だったから『本は読むな。恋愛はするな。勉強は質より量だ。偏差値を上げろ』という教育方針。

この高校の雰囲気にどうしてもなじめない長男は、日に日に高校をやめたい気持ちが強くなっていきます。

そしてついに一学期の終わりころ、長男はオヤジに気持ちを打ち明けました。

「オヤジ、相談があるんだけどさ。
あのさ、俺、高校をやめたい。」

「いいよ。」

「なんでかっていうとね・・・。
あ?・・・えー! いいの!?」

オヤジは何も問いたださずにシンプルに「いいよ」と言う。

おそらく長男の心中を見抜いていたからこその返答だと思うけれど、普通の親だったら慌てふためきますよね。

オヤジは概ねこうなることを予想していたのではないかもしれなくて、だからもしかしたら、長男の申し出が晴天の霹靂ではなかったのではないかと想像するんですが。

それにしても実際問題として、これは子を信頼していなければできないことだと思いますね。

だけどこのオヤジ、本書タイトルでも「強烈」と形容されていますけれど、かなりの過激派で、あり得ないほどの異彩を放つキャラです。

私はこんな破天荒な人に、生まれてこの方、出会ったことがない。

ことあるごとに・・・

「この野郎!
テメーら、マジでぶっこ・・・(以下略・汗)」

「コラァ!たたむぞ、この野郎!」

\(◎o◎)/!

高校中退について長男は周りから「大丈夫か、お前?」と意見される中、オヤジだけがシンブルに「いいよ」と言う。

このひと言は、長男にとってはかなり心強かったでしょうね、四面楚歌というわけではないけど、精神的には きっとそれに近い状況だったはずだから。

友達は「もったいない」とか「それってドロップアウトだろ」と心配したり 揶揄したりする中で、15~16歳の思春期では、そういう周囲の騒音のひとつひとつが 心にグサッと突き刺さったりしたのではないかな。

そんな中で、余計なことは何一つ言わずに オヤジはシンプルに「いいよ」

これついて長男は「心の支えになった」と回想しています。

オヤジだけではなく母親も高校中退を いやな顔ひとつしないで応援してくれたらしいので、両親とも器が大きかったようですね。

これは同じ親として、見習うべき姿勢だと思うけれど、自分にもこれと同じ決断ができないと思う。

両親が長男を理解してくれたからこそ、オヤジの「いいよ」が「信頼してるぞ」のメッセージに聞こえたのだと思うし、子がどんな状況に立たされても、親がいつも味方でいること。

これに勝る親の役割はないと痛感します。

そんなこんながあって、結局宝槻家の三兄弟は全員が高校に通うことがなかったのです。
 
 
 
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オヤジ塾(プラトン学園) 開講

時は過ぎ、長男が高校3年生に当たる年。

いよいよ受験が1年後に迫るも、目指すは京都大学!

三兄弟は小学生のころから、オヤジに京大が日本一の大学と洗脳(?)されてきました。

「ノーベル賞学者が多い京大が日本一の大学だ!」

高校に通っていない長男は 大学こそ 自分の青春を謳歌する重要な場所と考えていたので、大学受験することは決めていました。

が、中退してから1年間、ほとんど勉強しておらず、当時の長男の学力は危機的状況。

それを打開すべく、強烈なオヤジが 再び立ち上がる!

息子の前で「自宅の一室でオヤジ塾を開講する」作戦を宣言し、その言葉通り決行。

これは オヤジが息子の家庭教師をするというレベルの家庭内教育ではなくて、同年代の子どもたちを集めて、本物の塾を開講するというもくろみでした。

しかも名前が「プラトン学園」(怪しすぎるネーミング・汗)

新聞折り込みチラシをばらまき塾生募集をしたものの、実績もなく新規開講した怪しい名前の塾に生徒が集まるはずはなし。

結局、三兄弟のコネを使って友達を無理やり入塾させ、何とか塾としての形を整えるという無茶ぶりをここでも発揮^^;

そんなこんなで何とか20~30人体制になり、塾としての形は整いました。
 
 

強烈なオヤジ直伝のユニークな学習法

募集の裏幕はこんなだったものの、オヤジが伝授する学習法はユニークで、説得力があるものばかりです。

しかも実際に学習効果は高く上がっていたのだから、そこらへんの掃いて捨てるほどあるレベルの学習塾よりも格段にレベルが高かったと言えるでしょう。

強烈なオヤジは本書に登場するだけでも4人(三兄弟+友達のオーハラ君)を京大に送り込んだ実績を持っているのです。

オヤジの指導する学習法は、どれも基本に忠実に、継続することで力が付くやり方を 愚直に進めさせているのがわかります。

★英語は、とにかく声をだしての音読+文章を丸ごと暗唱してしまえ!という方法。

音読→暗唱→音読→暗唱・・・を素直に繰り返した塾生たちは、どんどん学力を伸ばしていきました。

18か国語を操った語学の天才であり考古学者のシュリーマンの学習法が、この音読・暗唱法なので、この方法は理にかなったものです。

★国語は、名文や好きな文章を書き写してしまえ!という方法。

これも素直に続けていくことで、生徒の国語力がどんどん伸びていきました。

長男は書き写しの原稿用紙300枚が貯まった頃には、文章を読むのも書くのもかなり得意になったといっています。

後に出てくる、偏差値「5」から京大合格を果たしたオーハラ君に至っては、1000枚以上の書き写しをやったそうです。

★数学は、数学史や化学史、歴史を織り交ぜて、公式や基礎概念をオヤジが徹底解説。

三角比に伊能忠敬が出てきたり、微分積分にアポロ計画が飛び出したりと、数学なのか歴史なのかわからなくなるような講義。

一見脱線状態に見えるが、ここでしっかり基礎概念を叩き込まれた塾生たちに「問題集を1冊に決めて、同じ問題を何度も繰り返し解きまくれ!」という方法をアドバイス。
 

プラトン学園では、時々オヤジが長男に「お前も先生をやれ」と命令していました。

受験生にもかかわらず、長男が英語と数学の先生をさせられています。

でも、教えることは自分が学ぶことにも通じていることで、これが「基本理解を深めることになるうってつけの方法だという気づきを得た」と長男は言っています。

「体系的な知識を身に着けるには、人に教えるのがいちばん。
“一を聞いて十を知る”という言葉があるが、“一を聞いて十を教える”
これが秘訣だ。」

なるほどその通りで、強烈なオヤジのやり方は一見めちゃくちゃに見えても、しっかりと理にかなった方法だとわかります。

これらの勉強が功を奏して、長男は京大一発合格を果たし、その後、次男、三男も京大に合格し、おやじのもくろみ通り「京大三兄弟」が誕生しました。

次男と三男はこんな風にオヤジに説得されたらしいです。

「京大三兄弟はネタ的におもしろいから、京大を目指せ!」

でも、このオヤジの本当のすごさは、こんなものではなく、これで終わらないところが 強烈なオヤジの「強烈」たる所以。

オヤジは、かつてのプラトン学園の教え子であり「県統一テスト(模試)の国語の偏差値が5」という恐るべき成績のサッカー少年も京都大学に送り込んだのです。

成績が5段階評価の「5」じゃないよ。

偏差値がたったの5・・・って、どんなレベル!?と思うくらい 出来の悪かった生徒を指導して京大に送り込んでいます。

ていうか、偏差値に「5」ってあるんだね。
(((( ;゚д゚))))アワワワワ

ちなみにオーハラ君が偏差値で5を取ったのは国語です。

強烈なオヤジが京大に送り込んだのはプラトン塾の塾生だったオーハラ君で、彼は三浪の末に見事 京大合格を果たしています。

偏差値5の少年が京大に放り込まれる話は、学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話よりすごい!と、個人的には思うんですが。
 
 
 
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国語の偏差値「5」のオーハラ君が京大合格

ここからは国語の模試で偏差値「5」を取ったオーハラ君の話。

普通、この数値を見たら、志望校を京大なんて超ハイレベルなとこ、選ばないもんですよね。

オーハラ君は高3の夏までほとんど勉強せずにいて、その結果模試で偏差値5だったということです。

オーハラ君の偏差値で悲惨だったのは国語だけではなく、全国平均でも30前後だったというのだから 偏差値的には あのビリギャルと同程度。

オーハラ君の場合は三浪しているので 一見したら 慶應大学を現役合格したビリギャル以下に見えます。

でも京大は東大と並んだ最高峰レベルなのだから、慶應合格もすごいけど、天下の京大に合格する方がすごいことだと個人的には思っています。

それにしても「プラトン学園」(強烈なオヤジ)との出会いがなかったら、オーハラ君が京大合格を果たすことはまずなかったはず。

オヤジのユニークな学習法に触れたから、彼の実力が開花したのは間違いなくて、手塩にかけた自分の3人息子たちだけでなく、ビリギャルクラスの生徒まで京大に送り込むところが凄すぎると思う…。
 

オーハラ君、プラトン学園と出会う

宝槻家三男が中学一年生の3学期。

三男と同級生だったオーハラ君は、三男から誘いを受けました。

「なんかさぁ、おれのオヤジが塾やるらしいんだけど、お前も来いよ」

誘われたオーハラ君が塾の体験に行ってみると、そこはまるで洗脳塾の様相!

「お前らの脳は優秀だ。
自分の頭は自分が思っているより良い!
十回言ってみろ!」

「おれは頭がいい~!」と繰り返し言わされる塾生を見て「誰がこんな塾入るか!」と一度は逃げ帰ったオーハラ君。

そりゃあ、宗教団体も真っ青なこんな光景見たら、普通の人は気味悪がって、裸足で逃げ出すよね。

ところが3カ月ほどしてから、オーハラ君はプラトン学園に入塾しました。

その理由は仲がいい友達が数人通っていたから。

入塾してからまず読まされたのが「お~い!竜馬」

プラトン学園では映画もたくさん観せられたり、夏休みキャンプもあったのだとか。

もちろん塾なので、勉強もさせられました。

中学生のオーハラ君は それなりに塾を楽しんでいたのですが、プラトン学園は1年ちょっとで閉塾してしまいます。

その理由は、オヤジの新たな思いつきから。

「そうだ!
京都へ行こう!」

当時、宝槻家長男が京大に合格したことで、オヤジの思いつきから 宝槻一家は京都に引っ越していってしまいます。

その後、オーハラ君と強烈なオヤジは3年間ほど 音信不通。

その間の高校時代のオーハラ君は少しグレていて、勉強は一切やらず、サッカーに打ち込み、昼から登校が当たり前。

授業中は寝てばかりという生活を送っていました。

そんな彼は高校3年になり模試を受けた時の志望校を「京大」と書きました。

偏差値で5を取っても志望校はやっぱり京大のまま。

そしてろくに勉強もせず、何がなんだかわからないままに京大を受験して、当然ながら不合格。

それでもやっぱりオーハラ君は京大を目指すことを決めていました。
 
 
 
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オーハラ君、強烈なオヤジと再会する

その後、オーハラ君は強烈なオヤジと再会し「京大に行きたいんで指導してください」と申し出ます。

「いいよ。」

ここでオヤジは二つ返事でOK

『お前には無理だ!』と言わないところが、このオヤジのすごさでもあって、現状の成績がイマイチだったとしても、誰でもやればできる!と信じていたのか?

なにせオヤジは『『お前らの脳は優秀だ。自分の頭は自分が思っているより良い!』教の教祖なのだから。

その真意はわかりませんが、ここから京大に向けて、強烈なオヤジとオーハラ君の二人三脚が始まりました。

オーハラ君が受けたオヤジ指導の基本は 

「映画を見ろ!
テレビを見ろ!
本を読め!」

三浪中、ずっとこればかりではなく、もちろん勉強もしていたわけですけど、オーハラ君の三浪時代の時間の6割が映画とテレビと本、プラスたまに勉強するというパターンだったらしいです。

その内容を具体的にどういうことか知りたい方は、強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話を読めば 強烈なオヤジのすごさがわかります。

オヤジのすごいところは「教えない」ところ

誰もが「勉強できるようになりたい」とか「いろんなことを知りたい」と思っています。

勉強が好きでも嫌いでも、努力してもしなくても、そんなことお構いなく、皆そう思っています。

でも現実にはそう簡単にはいかないですよね。

何がいちばんネックかといったら、根っこにあるのは「何をどこからやったらいいかわからない」ではないでしょうか。

「知識を得るための知識」を持っていないから、何をどうやったら勉強が楽しくなるのか?興味がわくのか?そして、もっとやりたいと自分から思うのかがわからないんです。

それを知ることができれば、子どもの知的好奇心をどんどん向上させることができるのですが、あいにく親もその方法論を持ち合わせていない人がほとんど。

子どもに「勉強しなさい」と連呼したところで 自分からきちんと勉強するのは 勉強がおもしろいと感じている子だけです。

子に自分から勉強をするようにさせたければ「勉強しなさい」とハッパをかけるだけではダメで、親も同時に賢くならなければうまくいかないということが、本書を読むとよくわかります。

オーハラ君の話にもあるように、オヤジは映画を見ろ!テレビを見ろ!本を読め!と そればかり言っています。

自分の息子たちにも同じことをやらせていたわけですが、やみくもに見ろ!読め!と言っているわけではなくて、もちろん自身も内容を知り尽くし、厳選したものを与えています。

オヤジは「○○がおもしろいから見ろ」「●●を読んだのなら、次は▲▲を読んでみろ」とは言いますが、、そこから先は「自分で学べ」というスタンスです。

相手の学びのレベルに合わせて、ああしろこうしろというアドバイスはするのだけれど、具体的なことは教えていないんですね。

なのに3人の息子にしろオーハラ君にしろ、どんどん知識を吸収して、全員が京大に合格しているという現実がそこにあります。

強烈なオヤジ流教育法は地頭を鍛えることから始まる

乾いた砂が水を吸うような地頭力を鍛えることに 遊びを含めた多くの時間を費やしていくのが強烈なオヤジ流教育法。

これこそ「生きた教育」であり、本当の教育なのかもしれません。

遊びの中にも勉強の教材がいっぱい詰まっていて、すべてのことに無駄はないという証がここにあります。

そういう教育を幼いころから受けてきた宝槻家長男は、高校の勉強が「なんでこんなに楽しくないんだろう?」という疑問を持ったわけです。

そしてそれが高校を中退する大きな理由にもなっています。

子どものやる気を芽生えさせる強烈オヤジ的教育法は、人によっては その芽が出るまではとてつもなく時間がかかる方法ですが、子どもの探究心に 一度火をつけることができたら こっちのもの。

放っておいても、自分から勉強をやりたくて仕方がない子が続々と誕生するからくりがここにあります。