国語力の伸ばし方!芥川賞作家ピース又吉に学ぶ文筆力読解力向上法

国語力の伸ばし方

ピース又吉は、なぜ本を読むのか?


芸能界きっての読書家として知られたピース又吉が芥川賞を受賞してからもうすぐ1年。

テレビの露出度がグーンと上がっただけでなく、周りからは「大先生」と呼ばれ(笑)

地味な(失礼!)一介のお笑い芸人が 誰からも一目置かれる存在となりました。

うちの母なんて、口が悪くて「(又吉は)最近 少しは見られるようになってきたね(びしょったかったのに)」なんてことを先日 言ってましたよ。

見た目はあまり変わってないと思うけどね。

周囲の彼を見るまなざしが大きく変わっただけ。

わたしは以前、どこかのテレビで、又吉の読書法(本の扱い)を見て驚いたことがあります。

彼は本の気に入ったフレーズ部分に、線引きしまくっていたんです。

一行や二行じゃなくて、開いた見開き2ページがほぼ傍線だらけで真っ黒。

文庫本でしたけど、内容を堪能するだけではなくて、その作家独特の表現や文章そのものを丸ごと味わっているような読み方。

たまたま開いたページだけでもそんな感じだから おそらく終始一貫して、そういう読み方・味わい方をしているんだろうと思いました。

読んで楽しむだけでなくて、その世界に入り込んで 深く読解して。

その世界の表現の味わい深さを堪能していることに驚いたんですよ。

まさに「しゃぶり尽くす」という表現がぴったりだと。

本をそこまで深く読み込んでる人って、なかなかいません。

ていうか、ほとんどいないでしょう。

文学に対する愛がハンパないことに驚愕。

それ以降、わたしは尊敬のまなざしで又吉を見てました。

当時はまだ、芥川賞作家ではなかったけれど。
 
 
 
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又吉少年が、夜を乗り越えた方法


ピース又吉には、単なる「本好き」だけじゃないすごみを感じていました。

読書の量も質も半端じゃなくて、もちろん楽しみで読んでいるものもあると思うけど 全体的に硬質な感じを受けるというか。

又吉の愛読書は太宰治をはじめとして芥川龍之介、夏目漱石から三島由紀夫という、そうそうたる面々。

彼の愛読書の中でもバイブル的存在なのが、太宰治の「人間失格」

中学時代にこの本に出会い、読みふけったことが その後の生き方を変えるほどのターニングポイントになったそうです。

自分に似た人間が 広い世の中にはいるんだ。
こんな悩みを抱えているのは、自分だけじゃない。
そして、同じ悩みを抱えていても、あきらめなかった人がたくさんいる。

本はそういう悩みを共有し、消化させていくツールなんだという気付きを得た人ほど すがるような思いで 本に読みふけるものです。

又吉少年も きっとそうだったんだろうなあ。

いずれにしても、その点に中学生の時点で気付いてしまうあたりが、又吉という男、ただ者ではない(爆)

一種の天才なんじゃないかと思ったりもする。

自分の正体…なんていうとおかしな言い方かもしれませんが、自分がどんな人間なのかが見えたとき、自分自身でそれを把握できたとき 人ははじめて自分の弱さやだめなところを直視できるんですよね。

わたしみたいな浅はかな人間は、それを見て見ぬふりをしてしまうのだけど。

又吉が「火花」を世に送り出して芥川賞を獲得したことは必然だったんだろうなと思いますね。

だから彼に 近現代の文豪と共通したきらめきがあるようにも感じるし 今後もすごい作品を世に送り出すんじゃないかなと期待してしまうのかも。

それにしても、これだけの成功を収めても、彼はお笑いは捨てないみたいですよね。

小説を書くエネルギーって、大変なものだと思うんですよ。

芸能活動と執筆活動を両立させてきたというところもすごいな。

なんでそんなことができるの!?と思っていたんですけど その答えがここに載ってました。

小説に捧げているエネルギーは、笑いとしても通用すると思っていました。


やっぱり又吉直樹という男、ただ者じゃないわ(爆)


芥川賞作家・又吉直樹はどんな文章修行をしてきたのか?









吉本興業は広報誌を出しているんですが、又吉はその紙面にエッセイを連載していたそうです。

本ももちろんですけど、広報誌にしても、紙面に限りがあります。

当然文字数が限られているし、その中で自分の言いたいことを練りに練り上げて凝縮していくわけです。

エッセイって、ブログも同じようなものですけど 書いてると脈絡なく長くなっていったりするものです。

とりあえずは頭の中にあることを全部さらけ出して書き出してみたりすると 原稿用紙4~5枚くらいは簡単に埋まってしまうことが珍しくない。

そんな状況下で、次にはそれを原稿用紙1~2枚に要約する必要が出ててきます。

1600~2000字あった原文を、400~800字に仕上げていく。

内容はそのままで、読み手にインパクトを与える工夫も凝らしていく。

この工程はかなり大変な作業です。

なぜなら 書いた文章をあちこちからごっそりカットするだけではだめだから。

カットするだけでは、内容が薄っぺらになってしまう。

だから書いた内容全体を 少ない文字数にぎゅっと圧縮する必要があります。

せっかく表現したことが薄まってはただの駄文でしかなく、エッセンスをしっかり強調しつつ、ギューッと圧縮された濃い随筆文。

この能力を最大限に要求される・・・それがプロというものだから。

これが又吉の文章修行のひとつだったといえます。

必要に迫られての作業とはいえ、これは筆力を上げるためには最高の修行だったと推測します。

確かな筆力を得ると同時に周りの評価も上がっていったから エッセイだけでなく、芝居の脚本や俳句を手がけるようにもなり、それがさらに彼の筆力に磨きをかけていったのでしょう。
 
 
 
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本物の国語力を身につける最強の方法


国語力を上げる真髄がここにある!と思うんです。

これとまったく同じことを繰り返し再現すれば、絶対国語力は上がります。

国語の先生の多くは「国語力アップのためには本をたくさん読んで」なんて言いますが、でもこれ、間違いですよ。

もっともらしく聞こえるけど。

本を読んだだけで国語が得意になるなら、本だけ読んでればいいんです。

国語が苦手な人だって、もっと少ないだろうと思いますし。

だから「本をたくさん読め!」しか言えない国語教師は、個人的には三流だと思うけど(爆)

確かに読書家の人は、あまり本を読まない人に比べたら読解力は数段上ということが往々にしてあります。

でもね、これはセンスの差だと思うんですよ。

国語力の差ではなくて。

しかも、多くは先天的ではなくて、後天的にゲットしたセンス。

読了数の差から生じた、経験値の差。

登場人物に共感したり感情を推量できるセンスと、想像力・空想力に大きな差が生じるんでしょうね。

もって生まれたセンスばかりではなくて、経験から後天的に身に付けた力の差というケースが多いような気がします。

「国語はセンス」なんていわれるのは、多分ここらから来てるんだと思いますが、でもセンスだけで論理がわかるはずがないし、ロジックが鍛えられるわけがない。

現代文の読解というのは、論理力をどれだけ身につけられたかで決まるところが大きいです。
 

要約と論述で「急がば回れ」


入試や模試の国語で100点満点を取るのって大変ですよね。

大学受験でも満点を摂るのが難しいのが国語です。

中間や期末テストなどの定期考査なら、100点取れるのはすごいことではなくて、ある種 当たり前なんですよ。

事前に範囲が決められていて、準備ができるんだから。

でもそれ以外の試験で満点を取るのも、常に9割以上を得点し続けるのも 至難の業だと思います。

国語が難しいと感じるのは、論理的に読解することが苦手だったり 登場人物の心理や時代背景を正確に読み取ることができないからなんです。

漢字や熟語や文法や古文・漢文などは、やった者勝ちで、準備さえ万端に整えられれば得点できるので、得点源になりえます。

けれど、現代文だけはなかなか確実に点数を上げるのは難しいです。

初めて目にする問題文ばかりですし、難しいことを書かれていると、読んで考えてるうちにタイムアップになったりもする。

文章をも読解する力というのは、本を読むだけでは培えないですよ。

じゃあどうしたらいいかというと、自分の頭で考えた文章を 書いて書いて書きまくるのがいちばん効果があるのではないかと思います。

ピース又吉がやっていたような、文章を凝縮させる作業=要約は 筆者の主張を把握する方法としては最強の方法。
 
 
ただ、要約だけでは作文や小論文を書く筆力向上までは発展しないので、ここに論述を書く練習を加えたら、無敵でしょ、きっと。

あ、無敵と言っても、漢字や語彙に関する知識の蓄積も同時進行で進めることが大前提ですよ。

でもこれらは努力さえすれば、誰もが伸ばすことができる基本的な国語力で、できるかできないかは やるかやらないかの違いでしかないです。

国語だけは、とことんやっても、成績急上昇は難しいですからね。

もちろん読書もしつつ、時間をかけてじっくり向き合っていくしかなく、コツや早道は存在しないでしょう。
 
 
 
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